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甲府地方裁判所 昭和30年(ワ)223号 判決

原告 陳美代

被告 甲府市長 鷹野啓次郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告に対し別紙目録(一)記載の土地につき同地の北側巾員四米の予定道路との境界線に接して南北三尺東西二一、〇二間の上に跨り建設してある同目録(二)記載の物件の右宅地内に踰えて建設してある六、三〇六坪の部分を剪除して該敷地部分を使用収益させる義務を有することを確認する、被告は原告に対し右物件を剪除して右六、三〇六坪の敷地部分を明渡せ、訴訟費用は被告の負担とする」との判決並に給付を求める部分につき仮執行の宣言を求め、その請求原因として、被告は昭和二十三年十一月二十二日訴外阿部貢所有の甲府市新青沼町第六十五番の二宅地二百五十二坪につき、これを二百十三坪七合九勺に減歩して換地予定地の指定をした。原告は昭和二十九年八月十二日同訴外人より右宅地二百五十二坪の内百九十三坪六勺を買受けその所有権を取得し、従て右換地予定地に指定された別紙目録(一)記載の部分百五十九坪二合九勺の使用収益権を承継取得した。しかるに原告が使用収益権を有する右土地の北側、巾員四米の予定道路境界線に接し南北三尺東西二一、〇二間の上に跨り訴外浅川勝之助所有の同目録(二)記載の物件が存在し、原告は右換地予定地のうち右物件が予定地を踰越している敷地部分六、三〇六坪を完全に使用収益できない。よつて被告は旧特別都市計画法(土地区画整理法)に基き右物件の本件宅地内に踰えて建設してある六、三〇六坪の部分を剪除して該敷地を原告に対し使用収益させる義務があるから、これが義務確認並に剪除明渡を求めるため本訴請求に及んだと述べた。」

被告訴訟代理人は主文同旨の判決並に担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求め、答弁として原告主張の事実中、原告主張の日にその主張のような内容をもつて訴外阿部貢に対し仮換地指定をなしたこと及び右仮換地指定した土地のうち原告主張の箇所に訴外浅川勝之助所有の建物が存在し、約三、三坪の部分について原告が使用収益できないことは認めるが、その余の事実はすべて否認すると述べた。

証拠として原告訴訟代理人は甲第一号証を提出し、証人井上英雄、同陳奇寿の各証言並に検証、鑑定の結果を援用し、被告訴訟代理人は証人長田富雄の証言を援用し、甲号証の成立を認めた。

理由

被告が昭和二十三年十一月二十三日訴外阿部貢所有の甲府市新青沼町第六十五番の二宅地二百五十二坪につき、これを二百十三坪七合九勺に減歩のうえ仮換地指定したことは当事者間に争がない。而して成立に争のない甲第一号証並に証人井上英雄、同陳奇寿の各証言によれば、原告は昭和二十九年八月十二日訴外阿部貢より右宅地二百五十二坪の内百九十三坪六勺を買受け、同日被告に対し前記換地予定地のうち分割後の換地予定地積として別紙目録(一)記載の部分百五十九坪二合九勺の権利異動申告をしたことが認められる。してみれば従前の土地の売買は実質的には仮換地を目的としたものであり、従前の土地に存する権利が移転すればその処分権能を除き仮換地の使用収益権もまたこれに随伴して当然に移転するものと解すべきであるから、原告は右宅地百五十九坪二合九勺につき訴外阿部貢から換地予定地の使用収益権(旧特別都市計画法によつて設定された一種の公法上の権利)を承継取得したものといえる。

ところで右仮換地の北側幅員四米の予定道路境界線に接し、南北三尺東西二一、〇二間の上に跨り訴外浅川勝之助所有の同目録(二)記載の各建物が存在し、その一部が原告の換地予定地にかかつており原告がその敷地部分を使用することができない状況に在ることは当事者間に争のないところ、証人井上英雄、同長田富雄の各証言、検証並に鑑定の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると本件係争土地の仮換地指定処分は甲府市区劃整理の一環として行われたもので前掲阿部貢に対して指定された土地とその北側に隣接する浅川勝之助所有地との間に幅員四米の道路を開設することが予定され従て右浅川所有地も減歩のうえその北側部分が仮換地として指定され以下順次北側の土地につき同様の指定がなされたのであるが最北端にある訴外五味等の建物の移転ができず且つ関係者の陳情等もあつたので被告は昭和三十年七月に至り右浅川に対する前の指定処分を変更し新指定の仮換地については使用開始の日を別に定める旨の通知をしたまま現在に至つていること、一方阿部貢に対する仮換地指定に際しては図面上その指定部分は前掲浅川所有建物にかからないものと考え別に使用開始の日を定めることなく単純に仮換地指定の通知をしたのであるが、右建物が阿部貢の換地内に踰越する部分は僅かに三坪余であつて原告は右事実を知悉しながら阿部貢所有の従前の土地を買受け建物を建築するに当つても浅川と協議のうえ仮換地の境界線一杯に建築を完了しており浅川所有の前掲建物の踰越によつて殆んど痛痒を感じていないし、しかも原告自身も亦右境界線を〇、八四坪だけ越えて道路敷地予定地を使用していることが認められ他に以上の認定を左右する証拠はない。

そこで考えてみるに、通常の場合整理施行者は仮換地指定の事後処分として、仮換地上に建物等が存在するときはその所有者に対し仮換地を指定してその移転又は除却を命じ、これに従わないときは行政代執行法により強制的に移転除却して従前の土地所有者に引渡すべき義務を負うものというべきであるが本件においては被告が阿部貢に対する仮換地指定に際し、予定地の一部に浅川勝之助所有の建物の存することを考慮せず、使用開始の日を別に定めないで漫然と仮換地指定したため右土地の権利を承継した原告は右予定地の一部を使用収益できない状態に在るが、一方浅川勝之助に対する仮換地の指定についてはその使用開始の日を別に定める旨の通知をしていることは前認定のとおりであるから、浅川は使用開始の日の通知があるまでは従前の土地所有権の行使としてその権限に基いて地上の建物を所有し之を使用することができるのであつて、被告が直ちに浅川に対し右建物の移転を命じ又は強制的にこれを移転除却することは許されない。従つて本件のような特殊の場合には被告は右浅川に対する使用開始の日において同人が任意移転しないときにおいてはじめてこれを強制的に移転除却をなし得るに過ぎず今直ちに原告に使用収益させることは事実上不能であるから旧特別都市計画法第十四条(土地区劃整理法第百一条)の趣旨に従い原告が仮換地の一部を使用収益することができないことに因て通常生ずる損害を補償する義務のみを負うものと解するのが相当である。然りとすれば被告において本件建物の一部を剪除して原告にその敷地部分を使用収益させる義務あることの確認を求め併せて被告に対し右建物の剪除、土地明渡を求める原告の主張はいずれも理由がないものと謂わざるを得ない。

よつて原告の請求をいずれも失当として排斥することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 杉山孝 野口仲治 土田勇)

目録

(一) 甲府市新青沼町六五番地の二

宅地一五九、二九坪(別添図面中赤斜線の部分)

(二) 木造トタン葺平家建仮設工場

建坪五、二五坪

木造トタン葺平家建仮設風呂場

建坪二、二五坪

木造トタン葺平家建仮設物置

建坪九坪

図〈省略〉

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